コミュ障の働き方

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コミュ障の原因?

time 2018/10/08

コミュ障の原因?

コミュ障の原因

自意識過剰というのがほとんど

僕の身の回りで遭遇して来た「自称コミュ障」の人は、

・自分がこれを言ったら、相手にどう思われるか?

・この言葉を言ったことで、嫌われたくない・・・

この2つが先行してしまってる場合が、ほとんどです。

自意識過剰が原因で、コミュ障だと思い込んでいるので、「リア充」の中にも「コミュ障」な人がいても不思議ではありません。

このタイプは、思い込みが強く、実際はシャイなだけかもしれません。

自分はただの思い込みかも?と気づいてもらえれば、自分を「コミュ障」と認定しなくても良い人がたくさんいるのも事実です。

そこで、「コミュ障」からみて、「リア充」が「リア充」に見えてしまうのはなぜか?という疑問にぶつかります。

実は、コミュニケーション能力の優劣の問題だけではないんです。

「コミュ障」と「リア充」で、興味のあることの対象の幅が違うだけです。

「リア充」は世間一般と興味の重複範囲が広いので、コミュニケーションに抵抗を感じず会話が出来るんです。

興味の対象が大衆に溶け込んでいるだけなのだ!という視点です。

逆に、僕のような「コミュ障」は、この大衆と会話が重複する範囲が狭いので、コミュニケーションとる上で非常にストレスを感じるわけです。

単純に、大衆に溶け込むための要素が少ないということです。

コミュニケーション能力が高いとされる人は、興味の範囲が広いので社会生活全体をコミュニティとして、「どこ」でも「誰」とでも「なんとなく」興味の対象を合わせてやっていけるわけです。

浅い会話でも、別になんとも感じません。

コミュ障は、浅い会話が苦手だし、する意味すら感じてません。

故に、コミュ障が自分の興味がある事だと饒舌になるのも納得できるというわけです。

さらに、コミュ障は、「相手に興味がない」から、

相手の話を聞いていない

ことが多いです。

人と場が盛り上がらないときは、実は相手の質問にちゃんと答えていない可能性があります。

相手に興味を持っていないのに、相手がこちらのことに興味を持つことなんて稀です。

よっぽど魅力的な何かを持っていれば別ですが。

結局、自分と相手の間に壁がある状態から進展しないままということが多くなるわけです。

普通の人はご飯食べたり寝るのと同じ感覚で人と話をしますが、コミュ障は発表会やプレゼンのような感覚で人と話しています。

ゆえに、会話への苦手意識へと繋がっていきます。

 

会話への苦手意識から負のスパイラルがうまれる

たとえば、あるとき自分の意見を否定されてしまったとします。

その後、嫌われたくないので発言を控えてしまい、会話が盛り上がらない。

会話が盛り上がらないとさらに口数が減り、コミュニケーションスキルが向上しない。

その結果、語彙が増えず会話に苦手意識が強まり、人に会いたくなくなってしまう。

そして、言葉を発する機会が減る…という負のスパイラルに陥って、真性コミュ障が完成します。

つまり、「コミュ障」はコミュニケーションが苦手な故に、人と話すことのハードルを上げすぎて、拗らせているのがほとんどだってことです。

また、職場などでもミスをして上司から怒られることで、恐れを抱いたあと、また、コミュニケーションで失敗をして上司から期待されなくなり、人間関係が悪くなるとさらに悪化していくという負のスパイラルが発生します。

特にコミュ障の場合、自分のミスと認めようとはしないので、職場でのトラブルが発生しやすい特徴があります。

これ、克服したいって思っている人も多いと思います。

けども、

アシュからすると、仕方ないんで「そんな自分を受け入れて下さい」と、心から伝えたいです。

悲観するより、そんな自分を受け入れて外圧に対する対策をすればいいんです。

ここは、そんなコミュ障が生きてく上での対策を考えていくアシュのブログですから。

 

「愛情不足」と「承認不足」

コミュ障であることに悩んでいる人たちには、生育環境や、学校での不快な経験などが、かなり似通っていると聞いた事があります。

ここで、重要なワードがあります。

「愛情」「承認」です。

愛情とは「無条件で可愛がられること」であり、承認とは「条件を満たしたうえで、認められること」です。

「愛情」は「信頼」のベースがあって成り立ちます。

つまり、親から愛情を十分に受けた人にとっては、自分以外の人間に対して「信頼」をベースに接することができます。

「承認」はそれがあることによって、「安心感」を生み出します。

つまり、学校や社会における対人関係のなかで十分な承認を得られた人は、自分が存在していても良いのだ、という「安心感」を持つことができているわけです。

コミュ障は、「もしかすると相手は自分のことを嫌いなのかもしれない」という心理を抱く傾向が強いです。

他者による承認(社会による承認)を受けて来なかったタイプは、「自分が話しかけても、どうせ嫌われるに決まっている」「あいつらリア充だし、でもそれに比べて自分は・・・」といった考えが常習化しています。

他人との関わりが苦痛に満ちたものになりがちなので、「他人なんてどうでもいい」「自分が消滅すればこの世界も消滅する。自分がどう思うかが重要であって、他人がどう思おうと知ったことか」といった開き直りもしがちです。

「コミュ障」がそうなるのは、そうしないと自分のアイデンティティを保てないからなので、投げやりな言い方に聴こえるかもしれませんが「仕方ないこと」なのだと、アシュは思います。

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