コミュ障の働き方

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ペルソナと本心の不協和が、僕を人間嫌いにさせた

time 2018/10/30

ペルソナと本心の不協和が、僕を人間嫌いにさせた

自分の本心を隠して演技する事に疲れたとき・・・

人は生きていく上で、たくさんのペルソナを持っています。
いろんな仮面を被っているとでも言いましょうか。

家族の前での自分、友達の前での自分、職場での自分、学校での自分、彼氏や彼女の前での自分・・・。

相手や、環境に合わせて、全く違う自分を演技している事もあるはずです。
いわゆる、外ヅラというのも、その類です。
しかも、年齢を重ねるに連れてペルソナの数も増えていくはずです。

本心を隠して演技をしなければ、その属するコミュニティ内からハミ出す可能性も高くなるわけで。集団の一員として、馴染むためには仕方のない事かもしれません。

アシュ(僕)は、多くのペルソナを被っている事で、だんだん自分の本心と言動が乖離していくのを感じました。

心にもないことを、その場の空気を壊さないために喋っている自分が嫌になり、本当の自分を見失いそうにもなりました。

そのあげく、本心を隠して演技をしなければならない環境や、周りの人間に対しても嫌悪感を抱くようになってしまい、全てが嫌になることもありました。

学校でも、職場でも、友達関係でも、ある種のペルソナは常に付きまとうわけで、全部が嫌になるときがあったわけです。

もちろん僕の心の中の嫌悪感は、周りの人にとっては不当な感情です。僕もそれを薄々わかっているからこそ葛藤がうまれました。その葛藤から逃れるためには、演技をやめて本心を語るようにする、か、人から離れて暮らすしかない、ってことも分かっていましたが、そんな簡単に結論なんか出せませんでした。

人から離れて暮らそうとする場合、多くの人は代償を伴うことになります。

学生の場合は登校拒否で引きこもりになると、学校卒業できません。
社会人の場合は、ニートになるか、自営業で自宅でできる仕事を作り出すか、一攫千金を当てて山奥に引っ込むなど、人と違うレールの上を進む事になります。

ニート生活も楽そうに見えますが、親不孝をしていると言う自覚がある人の場合だと、毎日が地獄になります。将来のことをくよくよ悩むタイプも同じです。

自身が演じるペルソナに疲れる事で、僕は人との関係性にも疲れ、そうさせる環境にいる人たち全てが、煩わしくなったのです。

 

相手のペルソナが剥がれたとき・・・

また、自分自身のペルソナではなく、相手のペルソナが剥がれることで、大きなショックを受け人間が嫌いになることもあります。

アシュ(僕)も、常にこの繰り返しです。

相手も僕と同じように、他人の前でペルソナをつけて演技をしていることがほとんどです。女性なんか、特にそうですよね・・・。

よくあるケースとしては、

・親友だと思っていた人が影で自分の悪口を言っていた

・心から信頼していた彼女が自分を裏切って二股をかけていた、

・他人を怒鳴る姿をみて幻滅した

などです。

自分が認識していた相手の人物像が、完全に崩壊してしまった場合に、

・こんな人だとは思わなかった

・そんなことをする人だったなんて、がっかりした

相手に投影していた理想のイメージが崩れると、自分の心の中に相手の非難の声が浮かび上がってくるわけです。

そして、次に思い浮かぶのは、「人間ってやっぱりクソだな・・・やっぱり誰も信用出来ないな・・・もう嫌だわ・・」という思いです。

ちなみに、ここで立場を入れ替えてみます。

仮に、自分が何かをやらかして、相手の中の自分のイメージ図を崩してしまった場合、こんな言葉があびせられるはずです。(面と向かっては言われないと思いますが)

・こんな人だとは思わなかった

・そんなことをする人だったなんて、がっかりした

その非難の声に対して、

・それは本当の自分では無い!

・あなたは僕のことを理解していないから、そんなことを言うんだ!

・じっくりと僕の発言を聞いていてくれれば、そういう人でないと分かってもらえるはず!

と反論したくなるはずです。

何が言いたいかというと

お互いにペルソナを被っているとで、ちょっとした誤解や、印象のズレで、人間同士の軋轢を大きくしてしまうって事です。

ペルソナとペルソナが絡み合って、「何もかも疑心暗鬼」になり、人が嫌いになる事が多いってことです。

素の自分と、素の相手だったら、もしかしたら「素の共感」が、できていたかもしれないのにです。

悪意のない気持ちで接しても、本心を隠して別人のように振る舞うことが、感情のすれ違いを積み重ね、やがては人付き合いそのものが怖くなっていくことがあります。

あるいは交際そのものが面倒になっていきます。

そして、

自分は相手が期待しているような人間ではないし、がっかりさせてしまうし・・・

本当の自分の気持ちを理解してくれる人なんてどこにもいないし・・・

どうして本心を晒しただけで全否定されるのかわからないよ・・・

のような事を思い始めてしまい、自分の殻に閉じこもるのです。

アシュ(僕)は、そうでした。

人間嫌いの始まりは案外単純なものなんです・・・。

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