コミュ障の働き方

働き方、稼ぎ方、生き方も、いろいろです。 捉われず、自由に、自分らしく。

いつの間にか「ぼっち」

time 2018/11/08

いつの間にか「ぼっち」

グループになるといつも空気になる

2人1組の恐怖。

このトラウマがある人は少なくないと思います。

学生時代に大嫌いだった、と言うよりも恐怖だった瞬間を覚えていないでしょうか?

はい…知っている人は知っている、あの感覚です。

「皆さん、2人1組になってください。」

「好きな人同士で、グループを作ってください。」

僕は学校の教師の無神経さに、何度ムカついたか分かりません。

彼らは、ぼっちの気持ちなど永遠に理解できないのです。

教師の口から、この言葉が発せられた瞬間に周りをキョロキョロ見渡しますが、自分と目を合わせてくれる人がいません。

オロオロとしているうちに、ほんの数秒でクラス中が2人1組、あるいはグループを作り、僕のようなモサっとしている余りもの同士が仕方なく席を立ってトボトボと集まります。

もしくは、余った自分を教師が、

「仕方ないなぁ。クラスに1人はいるんだよなぁこういうやつ…とため息をつき、〇〇を入れてやってくれる人はいませんかー?」

などと、不幸の手紙を押し付けるようにクラス全員に声かけるワケです。

そして優しい人たちの哀れみによって、なんとかグループに入れてもらえるという…。

受け入れるほうも、受け入れられる方も苦痛でしかありません。

他に余り物の人がいれば運が良い方で、完全に1人はみ出してクラスの中から、あいつぼっちなんだと目を注がれる瞬間は憤死ものです。

永遠に消えない恥辱が魂に刻まれます。

こうなるのを会議するために日ごろから根回ししていても油断できません。

他の人には大抵、親友がいて、ペアに選ばれるのは自分ではないからです。

毎回のペアを作るを乗り切るためには、自分と同じ「ぼっち」の匂いがする人を確保しておくか、仲良しを作る、もしくはグループで権力を持ってる人とコネをもつしかないわけです。

学校とは、「ぼっち」にとって暗黒時代でしかありません。

「ぼっち」が恥を欠かせられるエピソードには事欠きませんから、脳内の記憶を消去したい人はかなりの数がいるはずです。

 

大人になってからも…グループになると空気

暗黒、いや漆黒の学生時代が終わり、社会人になればそんな事は起きないだろう、と言う楽観的な観測をしていた人も少なくないでしょう。

でも、大人になっても、人間はグループを作るのです。

1対1で話をしているときに、途中で数人が加わると、途端に、あれ…俺、空気?状態になるときがあります。

自分よりもコミュ力の高い人たちが、競うようにワイワイ話すのですから、当然です。

会話の内容は、しばしば何の話なのかよくわかりません。

頑張って会話に入ろうとして口を挟むと、なぜか一瞬にして場が凍ってしまう。。。

空気は空気でいるべきだったというわけです。

そしてみんなが無言で目配せした後、何事もなかったかのようにまたワイワイ話だすという・・・

それで、ようやく自分が何か変なことしゃべったと気がついて落ち込みます。

物理的に周りにたくさんの人がいるのに、心が冷えて孤独を感じます。

これならいっそのこと、自宅でゲームでもしている方がよっぽど寂しくありません。

あー…もう帰りたい、そんな思いが表情にも出てしまいます。

孤独で気まずさに耐えきれず、あ、俺、先に帰るね…と告げて、そそくさと去ります。背中にみんなの笑い声を感じながら、その場を立ち去って、1人になると心からほっとするのです。

あー、1人はいい…なんて。

そしてほっとしてしまった自分に、なんでこんなに人間嫌いなんだろな俺…とがっかりしながら、背中を丸めてしんみりしながら歩くのです。

気がつけば「ぼっち」になっている。

でも、ぼっちだと辛いのに、ひとりでいる方がホッとできる矛盾。

それがぼっちです。

アシュ(僕)は慣れましたけどね。

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