コミュ障の働き方

働き方、稼ぎ方、生き方も、いろいろです。 捉われず、自由に、自分らしく。

信じても裏切られるのは当たり前

人が自分を裏切る理由は何なのか?

コミュ障が人間嫌いになる理由として、「信じていたのにまた裏切られたわ。もう誰もが嫌だ・・・」と言うパターンがあると思います。

運良く話が合う人が見つかり、この人なら信じられそうだ…と全面的な信頼をよせます。

ですが・・・

人間、いつしかそうした期待は裏切られるものです。

人間は変わる生き物です。

別の言い方をすれば、成長していく生き物でもあります。

「物の考え方」「感じ方」「経験」それらが人を日々成長させ、ときにはその人の人格すら変えていきます。

また、人は多面的な側面もあります。

アナタの前で見せている顔、家族の前で見せる顔、他の友人の前で見せる顔、全て違っていて当然です。

他者がアナタに見せている顔は、その人が選んで見せている姿です。

何かの拍子に、その仮面が剥がれたり、あるいはアナタに見せようとする顔を変えることもあるわけです。

そして人には優先順位があります。

「守りたいもの」「愛する者」「達成したいこと」人によって、それぞれ優先順位が違います。

もし、その人が何かをどうしても達成したいと思い、そのために、あなたを切り捨てなければならない時。

あるいは、あなたよりももっと大切なものを守りたいと思えば、あなたを切り捨ててでも大切なものを優先させます。

切り捨てられる側は傷つきますが、その人にとっては選択の余地がなく、いたしかたなかったという事です。

 

心を守るために、あなたがする選択

信じていたのに相手に裏切られてしまうのはショックなことですが、何度も信じては裏切られているうちに心が擦り切れていきます。

「最初から相手を信用しない」「人は皆裏切るものと割り切ると思う」この2つの選択肢がある場合、どちらを選びますか?

どちらもマイナスな選択肢ですけども・・・

本来であれば、「裏切るよりも裏切られる方が良い。だから私は人を信じ続ける…」と言う、映画や漫画の主人公が言うような選択を出したいのですが、自分のハートをサンドバックとして世間に提供するようなものですから微妙だと思うわけです。

そんなに打たれ強くないはずですから。

「最初から相手を信用しない」は、自分の心を完全武装した状態です。

信用していないから、裏切られることもない。けれども常にトゲトゲしい心を抱えて生き続けるのは、これも大変なものです。

できれば心を開いて素直なままの自分で生きたいのです。なのであんまりオススメはしたくありません。

「人は皆裏切り者と割り切る」ですが、こちらも殺伐としていますよね。

「信じても裏切られるのは当たり前」くらいでいいと思います。

完全な善人がいないと言う話を先にしていましたが、人は弱いものです。

そして弱い人と言うのは生き延びるためにズルいことをやってしまったり、ときには人を裏切ってしまったりするものです。

・自分だって人を裏切ってしまったことあるんじゃないか?

・ズルい行為をした事が、自分はなかったのか?

と自分に問いかけてみれば、弱い人を責める気持ちは和らぐはずです。

弱い人を責める事は、自分を責めることにもつながるからです。

人っててそういうものだよね。

相田みつおの「人間だもの」という感じです。

このくらい割り切って、腹をくくれば、裏切られても心は傷つきにくくなります。

信じて裏切られるなんて当たり前・・・

でも本当は人を信じたいんですよね。その方が自分にとっても楽ですから。

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