コミュ障の働き方

働き方、稼ぎ方、生き方も、いろいろです。 捉われず、自由に、自分らしく。

無償の愛は両親だけ

みんなマザコン

両親がいない人や、両親に良い思い出がない人には申し訳ない記事です。

不快になるかもしれないので、読み飛ばしてください。

一般的に親は、自分の子供に対してあらん限りの愛情を注ぐものです。

もちろん、親も未成熟な人格のまま大人になっていることが多々ありますから、完璧な人間ではありません。だから、パチンコのために車に赤ちゃんを放置する親や、子供に暴力を奮う親がいるのですが・・・

それでも、親なりの自分に対する「深い愛情」が分かる瞬間があると、無償の愛ってこういうことだよね・・・と感じることがあります。

特に、父親よりも母親ですかね。

というか、男性も女性も、かなりの確立で「マザコン」だと思います。

「マザコン」と言う言葉は、男性向けに使われることが多いですが、実は女性も「マザコン」だったりします。

表面化していないだけで、20代後半になっても母親と一緒に行動したり、仲がすごくいい場合、だいたいマザコンといって良いと思います。

ただ、マザコンであることを恥じる必要はありませんけども。

一体、マザコンであることで誰に迷惑をかけたでしょうか?

キモい?

「自分は、母親を愛して大切にしているのだ。」

これでいいじゃないですか。

では、なぜ多くの人が、母親に執着し深く愛するようになるのか考えてみます。

母親は、我が子が生まれた瞬間から、オムツを変え、ミルクを吐いてはあやし、朝昼晩、毎日食べさせ、後片付けもし、子供がやらかした不始末にも頭を下げ、大きくなって生意気な口をきくようになっても学費を払ってやり、働かずに家でゴロゴロするようになったとしてもパートに出て小遣いまであげ、病気になればすぐに飛んできて昼夜を問わずに看病し、家を出ていて音沙汰なしでも、子供を恨みもせずにずっと待っていてくれる、聖母のような存在です。

子供を愛さずにはいられないのです。

こんな見返りのない愛情を受けて育ってしまうと大変です。

このように、これ以上の愛を注いでくれる存在など、社会に出るといないからです。

もし、母親に匹敵するような愛情を注いでくれる恋人となり、相手が見つかったら、絶対に離してはいけないと思います。

そんな人に出会える確率は、限りなく0%に近いと、断言できます。

 

愛を求める相手を間違えると絶望に陥る

両親に深く愛されて育った人が曲がって成長してしまうと、両親が自分に奉仕してくれたことを他人にも求めるようになります。

たまに、すごく甘やかされた「わがままな人」と思える人が周りにもいると思いますが、両親から得られていた愛や奉仕を、間違って他人に要求しているわけなのです。

こういう人は気が強ければそのままいけますが、大体は他人にガツンとやられる日がやってきて絶望に陥ります。

そして、「自分が特別に愛される人間ではなかった」と気づくのです。

ここまで極端な性格に育っていなくても、無意識のうちに両親がくれたような優しさを、誰かに密かに期待しながら接してしまうことがあります。

ですが、相手は親のかわりになってくれることはありません。

「甘えが全開の頼みごと」は、自分のことは自分でやってくれ!と一蹴されるのが関の山です。

見返りのない、無償の愛を知ってしまうと、他人との接触はサボテンのイガイガに触れるように痛いものに感じるはずです。

毛布に包まれて、ぬくぬくと過ごしていた布団から、急に引きはがされて、霜柱の立っている地面に突き落とされたような気分になるのです。

そして、あんな優しさと二度と巡り会える事はないんだと思いながら、1人歩いていくしかないのです。

でも、それが「生きる」ということです。

親の存在が、いかに「ありがたい」ことなのかを、そうやってで実感できるというわけです。

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