コミュ障の働き方

働き方、稼ぎ方、生き方も、いろいろです。 捉われず、自由に、自分らしく。

他人のことを完全に理解するのは不可能

オマエの事はよく分かっていると言われたらムカッとくる理由

コミュ障の嘆きの1つは、「誰も自分のことをわかってくれない・・・」です。

ですが・・・

「オマエのこと、すごくよくわかっているよ」

と、他人から前振りもなく言われたら、なぜかムカっとくるはずです。

攻撃性の高い人でしたら、「アンタに自分の何がわかっていると言うんだ?」と怒鳴り返したくなるところです。

なぜですかね?

わかってもらいたいはずなのに、相手に「わかっているよ」と言われると腹が立つこの感覚は・・・

そもそも、僕らは自分のことすら完全に理解しているとは言い切れません。

理解したような気になっているだけです。

ちなみに僕は自分の心を解剖するように分析するのがとても好きです。

それでもたまになんだこの感情は…と新しい発見をすることさえあります。

自分ですらこうなのです。

他人を完全に理解することなど、不可能といえます。

ですが、自分が感じたことや経験をもとに、おそらく相手はこういう思考や感情持っているのだろうなと言う想像することはできます。

ただ、想像が過ぎると妄想になるので注意が必要です。

よくよく考えてみれば、相手のことを理解できないからこそ、人はいつも会話でコミニュケーションを取ろうとするのかもしれません。

コミニュケーションは相手への恐れを減らすための行動なのです。

 

コミニュケーションは、ときにコミュ障への暴力になる?

それにしてもコミュ力と言うものは、とても曖昧な能力です。

技能検定で能力を測ることもできないです。

そんな空気を動かすような能力を求められても困りますが・・・

問題は、この能力が著しく欠如していると集団で生きるのがえらく辛いと言うことです

コミニュケーションを求める社会はコミュ障にとっては、比喩的な意味で暴力的な社会とも言えます。

これがどういう意味なのか例を挙げて説明します。

 

1人行動、ぼっち飯をしているコミュ障に対して・・・

「友達いない人だー。悲惨クスクス。」

 

口が麻痺したように、人と話せないコミュ障に対して・・・

「何考えてるか分かんない。気持ち悪い。」

 

みんなの笑いについていけないコミュ障に対して・・・

「あの人いるとさー、なんかシラけるよね。」

 

人の悪口が嫌いで一緒に盛り上がれないコミュ障に対して・・・

「 1人でいい子ぶってんじゃねーよ。」

 

人と話すと声と手が震えて動悸が走り汗がにじむコミュ障に対して・・・

「挙動不審で気持ち悪い。」

 

コミニュケーションを円滑に取れるのが普通、と言うヒトたちの中にコミュ障が紛れ込むと、醜いアヒルの子として突かれることになる確率が極端に高いです。

「うまく人とやり取りできない」、「集団の中で自然な気持ちでいられない」人にとっては、何をしても人から不審な目で見られ、突かれ続ける暴力的な社会なわけです。

そんなわけで、

コミュ力が高い人も、コミュ障のことなど理解できません。

他人のことなど、お互いに完全理解はできないのが普通なのです。

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